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エルメスのブランディング|語るより、残す経営を読む

この記事の結論
エルメスのブランディングは、物語を上手に語ることより、物語をいまも確かめられる形で残しているところに特徴があります(株式会社オムニモスーク・安田旬佑)。1880年に移ったパリの住所に本店があり、そこの工房では1900年から鞍に番号を付け、1つの鞍を1人の職人が仕上げます。報道によると、修理は2022年上半期だけで16万1,000件。私は講義で、ストーリーの柱を歴史・土地・人物・技術の4本で話します。エルメスでは、その4本が、いまも手でさわれる場所にあります。

パリのフォーブール・サントノレ通り24番地。ブランドの本店と同じ住所で、いまも馬の鞍が作られています。

バッグの値段の話で終わることの多い会社ですが、見に行くのは店の棚より、その奥の工房です。「うちにも歴史はあるけれど、語れるような話がない」と感じている経営者の方ほど、得るものがあると思います。


1. フォーブール・サントノレ24番地。1880年から同じ住所

1880年、2代目がこの24番地へ工房を移しました。本店は、いまも同じ住所にあります。

エルメスの公式の案内によると、この建物の工房では、いまも鞍が作られています。

ひと言で流してしまいそうですが、146年です(私の計算)。パリの一等地の、店と同じ住所に、馬の鞍の工房が残っている。売場を広げるなら、真っ先に手放しそうな場所です。

土地へのこだわりは、日本にもあります。銀座のメゾンエルメスを設計したレンゾ・ピアノの財団の記録によると、壁をつくるのは45cm角のガラスの単位が1万3,000個。その大きさは、溶けたガラスの一滴の表面張力で決まった寸法だと書かれています。銀座の幅11メートルの細長い敷地に、ガラスの一滴の大きさから建物を組んでいる。

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2. 1つの鞍に1人の職人。1900年から番号を付けている

エルメスは、語る前に、確かめられる形で残す

その工房のやり方が、公式に書かれています。1つの鞍は、1人の職人が仕上げる。作業はおよそ30時間。そして1900年から、すべての鞍に番号が付いている。

番号は、だれが、いつ作ったかをあとから確かめられるようにする約束だと、私は読んでいます。買った人から見れば、自分の鞍には作り手がいる、という意味になります。作る側から見れば、自分の仕事があとから確かめられる、という緊張になります。

馬に乗らない人にとって、鞍は一生買わない商品です。それでも、この小さな工房の話が、バッグを買う人の頭と心に残る印象を支えている、と私は読んでいます。

3. 最初の客は馬。次の客は車

始まりは1837年、パリの馬具の工房でした。創業者のティエリ・エルメスは馬具職人です。

馬車の時代は、いずれ終わります。サザビーズの解説によると、1923年に出たジッパー付きのバッグの名は、「le sac pour l’auto」。車のためのバッグです。のちにボリードと名前を変えました。

馬の道具を作っていた工房が、車に乗る人の道具を作った。客の乗り物が変わっても、道具を作る工房のままでいる。絹のスカーフ(カレ)も同じです。リヨン近郊の工場を取材した雑誌によると、1枚の図案の作業に600時間を超えることがあり、色は最大で48色とされます。馬とも車とも関係のない品ですが、時間のかけ方は鞍の工房と地続きに見えます。

ラグジュアリーブランドが高い理由を、私は職人の技術、長い歴史、王侯貴族の愛用の3つで話してきました。ただ、高いこととラグジュアリーであることは、同じ話ではありません。問題は、その3つがいまも確かめられるかどうかです。

4. 革の職人を育てるのに2年、希少な革は6年。修理は半年で16万1,000件

ここからが、この会社のいちばん地味で、いちばん重い部分です。

英語版Wikipediaの記載では、革の職人を育てるのに平均2年、希少な革では6年かかります。2026年2月の決算発表には、2025年9月に24番目の革の工房が開いたこと、育成の拠点が12か所になったことが書かれています。売場の数の話の前に、作る人の話が出てくる決算です。

そして、売ったあとの仕事があります。革の業界紙によると、エルメスは2022年上半期に工房で16万1,000件の修理を行ったと公表しました。半年で、です。私の計算で、1日あたり約890件。

新品を売る会社にとって、修理は目立たない仕事です。けれども、親から子へ渡すものとして扱うなら、修理こそが約束の中身になります。何十年か後に持ち込まれた品を、工房が受け取る。その瞬間に、エルメスの歴史は本の中の話でなく、客の手元の話になります。掲げるより守るということの、ひとつの形だと思います。

5. 売上160億ユーロ、利益率41.0%。全社員に3,000ユーロ

数字も、確かめておきます。2026年2月の決算発表によると、2025年の売上は160億200万ユーロ、経常営業利益率は41.0%。そして2026年3月に、全世界の社員に一律3,000ユーロの賞与を支給するとあります。

もう1つ、決算の文章に、おもしろい1行があります。2026年の年の主題は「Venture beyond」。エルメスには、1987年に当時の社長ジャン=ルイ・デュマが創業150周年で始めた、年の主題の習慣があると報じられています。広告の標語というより、1年の題です。決算の発表文に、利益の話と並んで、その年の題が書いてある。

利益の数字だけなら、まねの目標にはなりません。ただ、順番はまねできます。作る人を育てる時間、直す仕事、社員への還元。その上に数字があるという順番です。

6. 歴史・土地・人物・技術は、語る前に残すもの

講義のスライドに、ストーリーの柱を書いたことがあります。歴史は、単なる年号ではなく、歴史上の出来事や人物。土地は、国よりも地域や村の単位。人物は、創業者や技術者の思いとこだわり。技術は、特許やノウハウやデザイン。

エルメスに当てはめると、4本がそのまま、いま見に行ける場所にあります。歴史は1837年の馬具と、車のためのバッグ。土地は24番地。人物は1つの鞍に1人の職人。技術は30時間の鞍と、2年から6年かかる育成。

物語が足りないと悩む会社の多くは、語り方を探します。先にやることは、残すことです。残っていないものは、どれだけ上手に語っても、お客様の頭と心に印象として残りません。逆に、残っているものは、語り手が下手でも、確かめに来た人に伝わります。

自社の物語を、確かめられる形で残す手順

自社の住所を地図で開いて、創業の場所を確かめます。

  • 最初の客を、言葉にする。 エルメスの最初の客は馬でした。自社の最初の客はだれで、何に困っていたかを書きます
  • 場所を残す。 創業の地、最初の工場、最初の店。建物が残っていなくても、写真と住所を社史に残します
  • 作った人の印を付ける。 製品番号でも、担当者の名前でも構いません。だれの仕事か、あとから確かめられるようにします
  • 育てる年数を、数字で言う。 一人前まで何年か。数えてみると、会社の技術の重さが見えます
  • 売ったあとの窓口をつくる。 修理、点検、買い替えの相談。件数を数え始めます

物語は、語る前に残すものです。今日付ける1つ目の番号から、始められます。

地域の中小企業のブランディングについては、ブランディング会社のページで、考え方と進め方をまとめています。

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よくある質問

Q. エルメスは何から始まった会社ですか?

1837年、パリの馬具の工房から始まりました。創業者のティエリ・エルメスは馬具職人です。

Q. エルメスの鞍は、どう作られていますか?

公式の案内によると、1つの鞍を1人の職人がおよそ30時間かけて仕上げ、1900年からすべての鞍に番号が付いています。

Q. 中小企業がエルメスから学べることは何ですか?

値段や見せ方より、順番です。最初の客を言葉にし、作った人の印を残し、育てる年数を数え、売ったあとの窓口をつくる。本文の手順から始められます。


この記事は、エルメスの公式の案内と決算発表、報道の記載をもとに、私の見方で読み解いたものです。

出典:Hermès International 2025年通期決算(2026年2月12日) /Hermès「Bespoke Equestrian」https://www.hermes.com/ca/en/content/139891-116261-bespoke-equestrian-ca/ /Hermès「Six generations of artisans」https://www.hermes.com/us/en/story/271366-six-generations-of-artisans/ /Leatherbiz「Product repairability a source of pride for Hermès」https://leatherbiz.com/news/162313/product-repairability-a-source-of-pride-for-hermes /Sotheby’s「Complete history of the Hermès Bolide」https://www.sothebys.com/en/articles/complete-history-of-the-hermes-bolide /Wallpaper(2023年7月22日)https://www.wallpaper.com/fashion-beauty/hermes-silk-scarf-factory-lyon /Wikipedia「Hermès」https://en.wikipedia.org/wiki/Herm%C3%A8s /Fondazione Renzo Piano「Maison Hermès」https://fondazionerenzopiano.org/en/project/maison-hermes/ /South China Morning Post(年の主題の始まり)https://www.scmp.com/magazines/style/fashion-beauty/article/2126973/lets-play-hermes-turns-playfulness-inspiration

株式会社オムニモスーク 代表 安田旬佑