スタインウェイのブランドとは?まねできないキッチンを積んだ会社
この記事の結論
スタインウェイのブランドは、大量に売ることでつくられてはいません。1996年の米国の提出書類によると、過去30年のグランドピアノの販売は年平均3,011台。一方で2022年の書類には、特許が150件超とあります(株式会社オムニモスーク・安田旬佑)。私は講義で、他社と違うことを「行う」シェフと、他社と違うものを「持つ」キッチンを分けて話します。スタインウェイは、キッチンを積み続けた会社として読めます。
年に3,011台。だれもが名前を知っているピアノの会社の、公式の書類に残る数字です。
「うちは大きくなれないから、ブランドなんて縁がない」。中小企業の経営者の方からよく聞くこの言葉と並べると、話が少し変わってきます。その小さな数字の裏に何が積まれていたのかを、棚を1段ずつ開けるように見ていきます。
1. 年3,011台。私の計算で、1日に約8台
スタインウェイの当時の親会社が1996年に米国の証券当局へ出した書類に、この数字があります。過去30年のグランドピアノの販売は、平均で年3,011台。
私の計算で、1日に約8台です。会社の始まりまでさかのぼると、1853年の創業の年に売れたピアノは11台だったと、地元紙は伝えています。
名前の大きさと比べて、小さな数字です。もちろん、ピアノは毎年買い替えるものではありませんし、1台を作るのに手間のかかる楽器です。それを差し引いても、大きく売ることで名前をつくった会社の数字には見えません。お客様が感じる値打ちは、台数で決まるものではないのだと、この1行が教えてくれます。では、数で積まなかった会社は、何を積んだのか。書類をもう少し読むと、別の数字が出てきます。
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2022年に米国の証券当局へ出された書類(S-1)には、こうあります。過去10年で18件の特許を加え、現在の合計は150件超。
私は講義で、シェフとキッチンの話をします。シェフは、他社と違ったことを「行う」こと。立ち位置の話で、外から見えます。キッチンは、他社と違ったものを「持つ」こと。組織の能力の話で、中にあるからまねできません。スペインのレストラン、エル・ブリのフェラン・アドリアの例で話すことが多いのですが、ピアノの会社にも同じ棚があります。
創業から160年以上たった会社が、それでも10年で18件、キッチンに足し続けている。ブランドを構築するというと、見た目や言葉の話から入りがちです。スタインウェイの書類に並んでいるのは、もっと地味なものです。
3. 1859年の交差弦と、1880年の「ねじ式クランプ」
同じ書類によると、会社が最初の特許を得たのは1857年です。1859年12月20日の米国特許26,532号は、グランドピアノに交差弦を適用したもの。ブラウンシュヴァイク市立博物館の表記では、発明者はヘンリー・スタインウェイJr.です。
もう1つ、題の地味な特許があります。1880年6月22日の米国特許229,198号、テオドール・スタインウェイの発明。題は「Screw-Clamp for Wood-Bending Machines」、木を曲げる機械のための、ねじ式クランプです。
目的は、短い半径で板を曲げるための、着脱できる留め具。ピアノの音の話は、題のどこにも出てきません。
お客様の目には、一生ふれない部品です。広告の言葉にもなりにくい。けれども、職人の手元の道具まで特許にしているということは、作り方そのものが会社の持ち物になっているということです。シェフの派手な一皿の裏で、キッチンの棚に道具が1つ増えた。そういう記録だと私は読みます。
キッチンの棚は、機械と特許だけで終わりません。次の段には、人が住んでいました。
4. アストリアの村と、36年の日記
ウィリアム・スタインウェイは、ニューヨークのイースト川の対岸、アストリアに400エーカーの土地を買いました。
スミソニアン国立アメリカ歴史博物館の展示解説は、その目的を、労働者を組織労働と「anarchists and socialists」の動きから引き離すためだったと書いています。きれいごとだけの話ではありません。経営者の都合が、はっきり書かれています。同時に、村には学校、消防署、図書館、公衆浴場などが作られました。人が暮らし、働き続ける場所まで、会社が手を入れたのは事実です。
その同じウィリアムが、もう1つ、途方もないものを残しています。日記です。1861年から1896年まで、約2,500ページ。1996年にスミソニアンへ寄贈され、博物館は、この日記の注釈つきの公開版をつくる事業を進めてきました。完成すれば注釈は3万件を超え、100人を超えるボランティアによる2万5千時間以上の調査に基づく、と博物館は書いています。
100年後の人たちが、2万5千時間をかけて読み解く記録を、書き続けた経営者がいる。
経営は心だと、私は考えています。ブランドは、その心がお客様と社員の頭と心に残した、感情をともなった印象です。心そのものは見えません。見えるのは、村を作ったという事実と、36年書き続けたという事実です。掲げるより守るという話は、こうした事実の側にあります。
5. 1835年の「作品1」は、いまも博物館にある
棚のいちばん奥は、会社ができる前です。
1835年、ドイツのゼーゼンで、ハインリヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェークがテーブルピアノを作りました。「作品1(op.1)」。一家が米国へ渡るのは1850年、ニューヨークで創業するのは1853年です。
作品1は、いまもブラウンシュヴァイク市立博物館に所蔵されています。創業より18年前の1台に、番号が付いて、残っている。番号を付けて物を作るというのは、次の2番、3番を作るつもりでいる人の仕事です。
6. 2021年度、ピアノ部門の売上の約32%は自動演奏ピアノ
ここで、話がいまに飛びます。2022年の同じ書類によると、自動演奏ピアノ「スピリオ」は、2021年度のピアノ部門の売上の約32%を占めています。
手で作る会社が、ピアノ部門の売上の約3分の1を自動演奏で得ている。新しい形が入っても、作品1の番号も、ねじ式クランプも、日記も、棚に残ったままです。変えることと、変えないことの線引きができるのは、自分の棚に何があるかを知っているからだと思います。
ロゴや名前は、思い出すための引き金です。スタインウェイという名前が呼び出す中身は、広告の言葉より、こうして積まれた持ち物のほうでできていると私は読んでいます。
自社のキッチンを、棚卸しする手順
倉庫か、書類棚の奥を見に行きます。
- まねされない持ち物を、3つ書き出す。 技術、道具、手順、記録、人。お客様に見えないものほど候補です。スタインウェイのねじ式クランプのように、地味なものほど強い候補です
- その1つを、数字にする。 件数、年数、続けた回数。「長く続けている」を「36年」に置きかえます
- 年表にして、社内に貼る。 売上の年表とは別に、持ち物が増えた年の年表をつくります
- 記録を残す仕組みをつくる。 日記でも、日報でも、製品の番号でも。作品1のように、最初の1つに番号を振るところからです
- 新しいことを入れる前に、変えない棚を決める。 棚が決まっていれば、新しい形を入れても慌てません
台数で勝てない会社にも、棚はあります。今日の1段が、100年後にだれかが驚く記録になります。
地域の中小企業のブランディングについては、ブランディング会社のページで、考え方と進め方をまとめています。
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よくある質問
Q. スタインウェイは1年に何台作っていますか?
いまの台数は、公開資料で確認できていません。確認できるのは、1996年の提出書類にある、過去30年のグランドピアノの販売が年平均3,011台という数字です。
Q. スタインウェイの特許はいくつありますか?
2022年の米国の提出書類(S-1)に、過去10年で18件を加え、現在150件超とあります。
Q. スタインウェイの1号機はどこにありますか?
1835年のテーブルピアノ「作品1(op.1)」が、ドイツのブラウンシュヴァイク市立博物館に所蔵されています。
この記事は、米国証券当局への提出書類、米国特許、スミソニアン国立アメリカ歴史博物館、ブラウンシュヴァイク市立博物館の記載をもとに、私の見方で読み解いたものです。
出典:Selmer Industries SEC提出書類(1996年) /Steinway Musical Instruments SEC S-1(2022年)https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1897640/000119312522104954/d212165ds1.htm /米国特許26,532号 https://patents.google.com/patent/US26532 /米国特許229,198号 https://patents.google.com/patent/US229198A/en /スミソニアン国立アメリカ歴史博物館 https://amhistory.si.edu/documentsgallery/exhibitions/steinway_4.html ・https://amhistory.si.edu/documentsgallery/exhibitions/steinway_7.html /ブラウンシュヴァイク市立博物館 https://www.braunschweig.de/kultur/museen/staedtisches-museum/artikelpool-temporaer/people-pianos-englische-texte/company-history-01.php /Queens Eagle(創業年の11台)https://queenseagle.com/all/2021/7/22/gilded-age-labor-struggles-and-how-steinway-amp-sons-moved-to-astoria
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